SVAスタッフ日記-ミャンマー難民支援-

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メラ難民キャンプ図書館委員会の委員長をしているアザです。

難民キャンプの図書館は、難民による運営がされています。
そこで欠かせないのが、図書館員そして図書館委員会の存在です。
ここでは、彼らの声をお伝えします。


 メラ難民キャンプ図書館委員会の委員長をしているアザです。2002年に図書館が開館して以来、SVAと共に活動しています。私は難民キャンプで教員をしており、子どもが大好きです。だからキャンプの子どもたちにはたくさんの本を読んでほしい、その思いから図書館委員会の一員となりました。私が子どもの頃、つまりビルマ側に住んでいた時ですが、住んでいた村には当然、図書館はありませんでした。でも私は本が読みたくて、何時間かけて町まで歩き、本を手にした喜びを今も覚えています。現在、同キャンプの図書館委員会メンバーは全部で15名です。図書館が全部で6館ありますので、1館につき2-3名の委員会が担当し、図書館員や活動をサポートしています。でも委員会の中にはいくつもの仕事も抱えていることもあり、図書館や会議に参加しない人たちもいて、少し問題もありますが、力を合わせて図書館の活動を高めていきたいと思っています。日本の皆さんのご支援に本当に心から感謝しています。図書館は私たちにとって何よりも大切な場所だからです。いつか自由を手にし、祖国に戻れることが来たら、日本の皆さんを心から歓迎したいと思っています。

私の名前はサ・ク・ポです。

難民キャンプの図書館は、難民による運営がされています。
そこで欠かせないのが、図書館員そして図書館委員会の存在です。
ここでは、彼らの声をお伝えします。



私の名前はサ・ク・ポです。メラ難民キャンプのゾーンCに住んでいます。ここに住んですでに19年が経ちました。1995年から高校の教員をしていましたが、今年3月に学校を辞め、図書館員として仕事を始めることになりました。この仕事をするようになり、これまで以上に多くの知識を得、地域のために役立っている自分を感じています。そして図書館というのは子どもから大人まで幅広く愛される場所だと思います。図書館員になって一番頭を悩ましていることは、本の紛失そして破損です。でもこれには理由があります。やってはいけないことだと分かっていても大好きな本だから、関心のある記事だから自分のものにしたいという願望からです。でも図書館にある本は全ての人々のためだから大切に一緒に使っていくよう、伝えていっています。SVAが図書館を建てて下さったお陰で難民の人たちが自分の生活を改善し、より良い将来を作り上げていけることにとても感謝しています。


マユラースタッフ

「バンドンヤン難民キャンプでこどもの日のイベント終了後、図書館員と図書館委員会メンバーと共に」(中央が本人)


 私の名前はマユラーです。現在、SVAカンチャナブリ事務所のフィールドコーディネーターをしています。5人の子持ちです。夫とは離婚したので子育てには本当に苦労しました。今もまだ続いていますが・・・。自分は高校までしか行っておらず知識があまりないので子どもたちには頑張って勉強を続け、より良い人生を切り開いていってほしいと願うばかりです。小さい頃、学校がなかったので木の下や洞窟の中で勉強していました。将来は先生になりたいと思い一生懸命勉強しましたが、機会に恵まれませんでした。18歳の時、母親の強い願いから、ある男性と結婚することになりました。まだ若かったし、結婚なんて考えてもいなかったのですごくショックでした。何よりも自分の夢を捨てなければならなかったことは本当に悲しかったです。ところが翌年、5ヶ月の娘と私を残し夫は事故で亡くなってしまいました。辛く苦しい人生の始まりでした。養育費や生活費を稼ぐために仕事を見つけなければならなかったのですが、小さな子どもを抱えた私には容易なことではありませんでした。ところがある日、小学校の教員補佐を募集しているという話しを聞き、お給料はそれほど良くないかもしれないけれど、夢だった教員の仕事をしたいという思いから面接を受けに行きました。嬉しいことに採用を受け2年間、教員(アシスタントではありますが)の仕事をすることになりました。苦しかったけれども自分の夢が実現したあの時は本当に幸せでした。その後、再婚をして4人の子どもにも恵まれ順調な生活を送っていたのですが、ある時から突然、夫の態度が急変し私に対し殴る蹴るの暴力が始まったのです。理由が何か全く分かりませんでした。でもこのまま暴力が続けば自分だけではなく子どもの身も危険だと思い、子どもを連れて家を出ていきました。 こんな自分の過去もあってか、子どもには知識のある立派な大人になっていってほしいと願っています。教育がなかったばかりに仕事を探すこと、そして生活していくことが本当に大変だった私のようにはなってほしくはないからです。
 でも2003年からSVAで仕事を始めるようになり、自分もまだ人のために、社会のために役立てる人間なのだということを思えるようになりました。自分には教養はないけれど、人のために役立ちたい、そのためには何でもしたいという思いは誰よりもあると思っています。だから今はカレン難民の人たちのために頑張って行きたいです。今日を精一杯生きていれば、明日は必ず、いいことがある、今の私の願いです。

『メラウ難民キャンプにて4館目となる図書館が開館』

2006年5月23日

SVAミャンマー難民事業事務所 所長 中原 亜紀

 5月18日にメラウ難民キャンプにて4館目となる図書館が開館した。メラウ難民キャンプは2002年9月にメコンカ難民キャンプで発生した大洪水の後に難民のセキュリティーを考慮し2004年1月に移転したキャンプだが、短期間でキャンプが整備されたことから移転後、各所で地滑りや落石が発生し数世帯が一時的に避難することになった。避難先はメラウ難民キャンプに隣接したホエバルという元難民キャンプであり、ここは以前越境攻撃を受けたことからキャンプはすでに閉鎖されていた。現在は対岸側で抗争も起きていないことからタイ政府は安全を保障し、この場所に避難させることを決定した。しかしメラウキャンプ内ではその後も避難を強いられる世帯が増加した為タイ政府はホエバルをキャンプとして開放することにした。約200世帯(約1,000人)がそこで新たな生活を始めることとなった。とは言え、病院や学校など何もなく、メラウ難民キャンプまで通っていくのは無理ということから新たに建設することがタイ政府との協議で決定。図書館については予算の問題から建設を保留していたが大阪枚方市にある長尾西中学校から創立520周年記念事業としてご支援を頂くことになり建設が決定した。これまでメラウキャンプで図書館に通っていた人たちはこの知らせを聞き本当に喜んでいた。

 この日の開所式にはオープニングで子どもたちによるカレンの伝統舞踊や楽器演奏が披露され、各委員会やタイ政府の代表より心温まる挨拶を頂き、その後は館内で新しい図書館員と共にSVAスタッフによる読み聞かせや人形劇などが集まった150人もの子どもたちに披露された。移転を強いられ続けた人たちにこの新たな図書館が少しばかりでも心の安らぎとなってほしいと強く願っている。

開所式オープニングでカレンの踊りを披露する子どもたち

開館後に新しい絵本を手にしている子どもたち


『新たな難民の流入』

2006年5月23日

SVAミャンマー難民事業事務所 所長 中原 亜紀

メラマルアン難民キャンプに辿り着いたカレン人家族

 ミャンマー東部のカレン州で最近ミャンマー軍による攻撃を受けたカレン人が国境を越えてきている。現在、メラマルアン難民キャンプにて約2,000人のカレン人を受け入れた。しかし難民として認定するかどうかはまだ決まっていない。一方で国境を越えられずにミャンマー側の国境で待機しているカレン人が数百人いるという報告も入ってきているが、その真実は分からないという状況である。メラマルアン難民キャンプに辿り着いた人々はキャンプ内にあるHolding Centerという場所に置かれている。このセンターは本来、昨年UNHCRとタイ政府が共同で実施した難民再登録でリストに入らなかった難民、またその後、難民申請をしてきた人たちを審査するために作られた。審査期間中はこのセンターで待つことになる。今回新たに流入してきたカレン人もこのセンターで審査を待つことになるのだが、センターに収容できる人数が1200人ほどということから、残りの200人余りはテント生活を余儀なくされている。テント生活といっても屋根のみ。囲いはない状態だ。

テント生活をしている男性に話しを聞いた。彼は7人家族でキャンプに入って約2週間という。カレン州タウング郡で生活をしていたがここは新たに首都となったピンマナに近くミャンマー軍により強制労働を恐れ、逃げてきたという。実際、村にミャンマー軍がやって来たとも言っていた。とにかく家族全員無事にタイ側に辿り着いたことを神に感謝しているとのことだが、2畳もないと思える広さに7人もの家族で生活をしなければならないとはあまりに酷すぎる。何よりテントの端に置かれた家財道具であろうと思える荷物を目にしてすでに言葉が出なかった。

カレン人の苦しみはいつまで続くのだろうか。